女子高生を車に乗せる話

いやいや、急に寒すぎるでしょ。

秋は?俺の好きな秋もう終わり?

 

通勤時に見る学生たちももうマフラーなんて巻いちゃって。

そんな光景を見ると思い出すことが。

少し早いけど受験シーズンの時の事。

 

 

 

私 が27歳の、寒い朝だった。

まだ外となんら変わらない冷え切った空間の中、私はハンドルを握っていた。

いつも通りの冬、いつも通りの通勤、いつも通りの渋滞。

規則的な行動をしていると周りも規則的に動いていることに安心し、いつもと違う見慣れないものがあると、気になり、不安で仕方なくなる。

 

その制服の子は、泣きながらバス停の前にしゃがみ込んでいた。

取り立てて特徴もない、素朴な女の子。クラスにいたなっていう、そんな子。

小骨ほどの引っかかりを感じながらバス停を横目に車を走らせる。

恋人に振られでもしたかな、いやいや、朝からそんな話するやついないだろ、飼い猫が死んで、それなら学校なんて行かないよな。

・・・なんだろ。

気がついたらハンドルを回し、私を誰も待っていないバス停に戻っていた。

 

「・・・大丈夫?」

キョトンとした真っ赤な目は、自分に声をかけられたことに気づき消え入りそうな声を発する。

「あ、の、、受験に・・・間に合いそうになくて・・・」

伏し目がちにそう答え、小さくなっていった。

「何時から?どこ?」

「・・・9時から、⚪︎⚪︎大学です。」

おいおい、隣の県じゃないか。今から車でぶっ飛ばしても無理だろ。バスなんて待ってたらなおさら無理だろ。

苦いコーヒーを飲んだ時のような私の顔を見て言う。

「あの、ありがとうございます・・・もういいんで、すいません。」

諦めることで達観したような気になっているまだ成人もしてない子になんだか過去の自分を重ねて腹が立った。

「乗れよ、いいから。」

 

会社に、遅刻しそうな受験生を拾ったので半休をくださいと伝える。

そんなことで、と言われたので、この子の代わりはいないけど私のかわりならいるでしょと答えたらばつが悪そうに電話を切られた。

大丈夫ですか?なんて言ってくれるはずもない、終始重苦しい車中の雰囲気。

私の方が沈黙に耐えきれず声をかける。

「なんで遅れたの?」

「不安で・・・勉強してたら、眠れなくて・・・」

「寝坊か。」

「・・・はい。」

小さなことに緊張し神経を削っているこの子に、懐かしい気持ちと、羨ましい感情を抱いた。若いなあ。和ませてあげれないか、そう思った。

「大丈夫、なんとかなる。間に合わせるから暇なら復習でもしてていいよ。」

「あ、はい。」

バックのチャックを開けだした。

まさか本当に勉強するわけないよな、小さなことに緊張し神経を削っているこの子が、見ず知らずの人に送ってもらっている間にそんなことをするはずが・・・

「えっと、本当に始めちゃう感じ?」

本当に参考書を開いた。

「ちょっとすいません、集中したいんで。」

私はアクセルを開いた。

 

高速道路は渋滞もなく、順調に目的地に近づいていった。

これなら間に合うぞ。安心して落ち着きを取り戻した私はカーステレオの音量を上げた。

「あの・・・」

「どうしたの?」

横目には参考書に目を落としたままの女子高生。少しばかりけむたげな顔をした子は視線を少しも変えることなく口を開けた。

「うるさいんですけど、音。」

「え、ああごめんごめん。集中したかったよね。」

ボリュームのツマミを回し静かになった車中には、シュッ、シュッと本の捲れる音だけが響いた。

 

高速道路を降りてすぐのその学校は土地勘のない私にもすぐ分かった。時刻は8:56。

良かった、間に合った。

「もう着くよ。」

校門の前に車をつけると、その子はいつの間にかノートや本を片付けバックを肩にかけていた。

さあ、早く。と声を出すのとほぼ同時にドアを開け、こちらを向いたその子は腕時計でもさりげなく見たのだろうか程度に軽く頭を下げ大学の方へと走って行った。

一息つこうと煙草を取り出し、火を点ける。

ふう・・・なんか言えよ。

別に感謝が欲しくてとった行動というのではないが、このやり場のない感情と達成感の無さに戸惑う。

せめて閉めてくれればいいのにと呟く。転びかかるように助手席の方に身体を伸ばし半ドアになっているドアを閉め直す。

 

結局あの高校生はどうなったのだろうか。

立派な大人に育っていて、ふとした時にあの時はありがとうと思い出してくれたら嬉しい。

名前も知らない初めて会った人に助けられた話を。

そんな話をあだち充が描いてくれると私は嬉しい。

 

 ラフとH2は至高。